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第8回:実践!レセプトでニューノーマル ~営業マーケティング前編~


 本連載は、製薬企業ではたらく方々に、「リアルワールドデータ(RWD)」とは何たるか?を易しく学んでいただき、データドリブンな業務プロセスを実現し、そして臨床現場や患者の目線に立つことの重要性をご理解いただくことを目的としています。ひととおりお読みいただくなかで、読者の皆さんの理解や思考が少しでも整理され、明日からの業務が変化していく一助となれば幸いです。「実践編」に入った第4回からは、RWDの代表格 “レセプト(診療報酬請求)” の利活用に焦点をあてつつ、製薬企業の各部署の仕事をどのように変えていくか?というお話。個人的見解や、ときには妄想(!?)も含みますが、皆さんの「現在地」や「可能性」を認識するきっかけにしてください。本誌の読者には営業マーケティング部門の方が多くおられることも踏まえ、第8回と第9回、2号分にわたって「ビジネスサイドの業務」のニューノーマルをお届けします。



RWD活用はまだまだ途上!?


 製薬企業のプロフィットセンターであり、疾患啓発や販促活動へと多くの費用を投じて日々奮闘する営業マーケティング部門の皆さま。しかしながら、RWDの利活用という視点で見ると、広義にも狭義にも、まだまだ余地が大きいように映ります【図表1】。客観的にお話を伺うかぎりですが、理由は大きくわけて3つありそうです。


 一つめは、部門業務のPDCAサイクルが非常に短いこと。過去号で、創薬部門のPDCAサイクルがとても長いことに言及しましたが、営業マーケティング部門のPDCAは、年次…月次…日次…と、文字どおり日々刻刻。そのサイクルを速やかに回すために、 “タイムリーな情報”が重宝されやすいのではないでしょうか。それに耐えうる情報源として、売上(卸伝票)データ、調剤(処方せん)データ、社内の活動記録、などが主たる分析対象となり、多くの企業で扱われています。


 二つめは、患者ベースの分析手法や業務プロセスが定着しにくいこと。とにかく売上目標に追われるなかで、目線はどうしてもビジネス面に寄りがちです。加えて、患者や一般生活者への直接的な広告活動はできないため、いわゆる“B to D to P”という間接的な関わりかたを余儀なくされます。そのため、「患者さんを一人でも多く救う」「苦しむ人に薬を届ける」といった大義を掲げながらも、その当事者(患者さんや苦しんでいる人)の実態を “肌感覚をもって把握せねば” という深度までは、分析を回しきれないのではないでしょうか。その手前、医師の処方意向や、施設属性別の売上傾向など、ビジネスへの距離が近い情報は、何としてでも収集せねば…となりますが。


 三つめは、他のどの部門にも増して、費用対効果への意識が強いこと。業界的にもろもろ苦しい状況、という背景も影響しているかもしれませんが、施策にせよ分析にせよ、一歩踏み込むたびに問いかけられるのは「それでいくら売れるのか?」という、上司や経営層のチャレンジ。さきほどの二つめのポイントとも一部重複しますが、“現状をつまびらかに把握するまで現状分析”、“ビジネスへの示唆が得られるとは限らない分析”に関しては、情報入手を含めて、なかなかGoサインが出ない、というお声をよく伺います。


 急がば回れ、とはよく言ったものです。諸事情あろうかと思いますが、まずは臨床現場のリアルな流れを正確に把握しましょう。そして、患者のリアルな苦痛について肌感覚をもって理解しましょう。さらに、売上が顕在化した市場だけでなく、未治療の潜在患者を含むリアルな奥行まで捉えましょう。それこそが、精緻な戦略や具体的なアクションプラン、説得力のある落とし込み、に繋がるのだと当社は考えます。RWD、そのうちレセプトをうまく活用するだけでも、この改善は十分に可能です。慣習的なRxマーケターから、近代的なRxマーケターへ、データドリブンで患者中心なニューノーマルへとシフトしてみてはいかがでしょうか。



レセプト活用例「潜在的な患者市場を知りたい」


 少し時代をさかのぼり、製薬業界が右肩上がりであったころ。多くの企業は、生活習慣病などのマスマーケットを主戦場としており、いかにしてそこにブロックバスターを投じるか、いかにしてそこで高シェアを獲得するか、という世界観でした。そのなかでは「売上が立つ施設=薬剤が処方されている施設=一定数以上の患者の存在が確実といえる施設」という方程式が外れることも、そうそうなかったでしょう。

 言い換えれば、売上データを日々追いながら、パレート図を描いてABC分析をおこない、ハイボリューム先へと足を運んでは、その施設の医師に自社ブランドの優位性を伝える。「売上の高い施設でディテールやShare of Voice で競り負けないこと」が営業マーケティング部門のKSFでした。

 しかし、時世は移り変わり…いまもなお、その方程式は成り立つでしょうか?答えはもちろんNoですね。マスマーケットに対する治療法や対処法はある程度満たされたと言って良いでしょう(もちろん100%の満足・充足度ではありませんが)。そしてすでに主戦場は、希少疾患や難病、オンコロジーの部位別適応症のような、ニッチマーケットへと変化したのです。

 その影響として、売上を追えば患者の居場所がわかったはずのお仕事が、「そもそも売上が立たないのでどこに足を運べば良いのかわからない」「ある程度売上は立っているが、あとどのくらい伸びしろがあるのか測れない」といったお悩みを抱えるようになったのです。もはや、情報源や分析アプローチを変えないかぎり、正しい患者の居場所はわかりませんし、営業マーケティング施策の最適化は叶わないでしょう【図表2】

  先ほど「売上=薬剤処方」と書いたとおり、売上を追いかけて把握できるのは、あくまでも薬物治療中の患者です。いわゆる顕在市場ですね。その土俵が狭くなったため、さらに外側や上流、いわゆる潜在的な患者市場を把握しなければならないという状況です。

 具体的には「① 当該疾患の診断はついているが薬物治療をまだ受けていない患者」はどこにどれだけいそうか。そして「② 当該疾患の診断はついていないが関連する症状や処置で受診している患者」はどこにどれだけいそうか、といった問いに答えねばなりません。MR経由で個別施設の医師にヒアリングをかけることもできますが…なかなか骨が折れますし、情報の精度としても限界があるでしょう。

 そこで、いま入手可能な情報源のなかでも、より精度高く、客観性をもって①や②を紐解いてくれるのが「レセプト(診療報酬請求)データ」というわけです。レセプト上には医薬品のみならず、傷病名や処置なども記録されていますので、およそどういったセグメントに潜在的な患者が分布していそうかを分析するのに有益です【図表3】

 なお、残念ながら、「診断もついておらず、何の受診もされていない潜在的な患者」を体系的かつ精度高く知る術は、今のところないでしょう。公的研究事業などで全国調査をおこない、有病率や罹患率を把握し、統計学的手法を絡めながら推計するようなアプローチは存在しますが、毎年毎年アップデートできるものではありませんし、全国レベルの大まかな規模を知るところまで、が一般的かと思います。

 潜在的な患者市場の分析について、実際の疾患名で例示してみますと、「大腸がんを患っている患者さんのうち、どのくらいの方が分子標的薬を使っていないのか」を、レセプトでは把握することが可能です。精緻にデータを観察すれば、なぜ使っていないのか理由を推察しうるケースもあります。少し毛色の違う例でいえば「肺高血圧症の原疾患となりうる全身性強皮症の患者数(および肺高血圧症への移行具合)」なども、レセプトを通じて知ることができるでしょう。


 後者の例に似たテーマで、社内の簡易調査でつくったアウトプット(フレーム)を紹介します。眼科疾患であるドライアイですが、原因と言われる要素が複数ありますので、潜在的な市場の把握は原因要素の規模を知ることが助けとなります。シェーグレンやスティーブンスジョンソンといった傷病ベースで源流をさぐるもよし、角膜移植や白内障手術といった診療行為ベースで源流をさぐるもよし。こうして潜在市場にアンテナを張ることで、実際にドライアイ患者に薬剤が処方されている医療機関以外でも、アプローチしてみるべきセグメントが見えてくる、というわけです。

 ニッチなマーケットであればあるほど、こういった“ 余白分析” や“ 源流分析” が効果的です。営業マーケティング施策の矛先を最適化するうえでも、売上予測のロジックを精緻化するうえでも、一度ご担当の疾患で取り組んでみてはいかがでしょうか。売上ではなく患者に目を向けることにも繋がり、一石二鳥のニューノーマルになること間違いなしです。



まとめ:営業マーケのニューノーマル


 本稿では、営業マーケティング部門における、レセプトを活用したニューノーマルの前編を書かせていただきました。まずは「なぜRWD活用が進みにくいのか」について、客観的にみた主な課題を整理しました。タイムリーな情報であること、薬剤選択に近い情報であること、売上に直結する情報であること、言うまでもなく貴重な分析対象ですね。しかし、中長期的に生き残れる製薬企業、それを支える営業マーケティング部門であるためには、RWDを使いこなすことも重要な要素といえそうです。

 多少のタイムラグがあろうとも臨床のリアルな情報をしっかりと整えて地に足のついた施策を打つこと。エンドユーザーである患者の苦痛を自分ごと化しながら説得力の高いプランを立案・発信すること。分析のための分析(仮説の抽出や現状の把握)も、遠からず売上向上や治療成果に繋がるというスタンスをもつこと。そんなMR・マーケターになれたら、日々の仕事が変わる気がしないでしょうか?


 今回、前編でとりあげたレセプト活用事例は「潜在患者に目を向けてみる」というものでした。次回は更に二つの活用事例をご紹介します。明日からの実践に繋がる内容、後編もぜひお楽しみに!



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