第6回:実践!レセプトでニューノーマル ~臨床開発編~
- clientservice53
- 2022年3月1日
- 読了時間: 9分
更新日:2023年4月6日

本連載は製薬企業で働く方々に、「リアルワールドデータ(RWD)」とは何たるか?を易しく学んでいただき、データドリブンな業務プロセスを実現し、そして臨床現場や患者の目線に立つことの重要性をご理解いただくことを目的としています。ひととおりお読みいただくなかで、読者の皆さんの理解や思考が少しでも整理され、明日からの業務が変化していく一助となれば幸いです。
「実践編」に入った第4回からは、RWDの代表格 “レセプト(診療報酬請求)” の利活用に焦点をあてつつ、製薬企業の各部署の仕事をどのように変えていくか?というお話。個人的見解や、ときには妄想(!?)も含みますが、皆さんの「現在地」や「可能性」を認識するきっかけにしてください。今回は、臨床開発部門の皆さんに向けて書かせていただきます。
臨床開発部門のRWD利活用にかかる全体観
臨床開発といえば、真っ先に思い浮かぶのが「臨床試験(治験)」ですね。連想するのはどのようなキーワードでしょうか。私自身、製薬企業でさまざまな部門を経験しましたが、当時の印象では「アナログ」、「堅苦しい」、「成功確度」、「費用・期間」、「多くの関係者」…などが思い起こされます。皆さんも大きなズレはないでしょう。
臨床試験自体が、非リアルな環境を厳格に設計するもの。そのため、多くの情報・関係者・費用・期間を
投じながらも、決して高くない成功確度、上市後環境との乖離、といった問題になると理解しています。さらに、疾患領域の開発余地が狭まったこと、新規モダリティで開発難度が高まったこと、などの変化が加わり、臨床試験を取り巻く悪循環はより深刻さを増しています。国としても、この悪循環は、患者の薬剤アクセスの遅延、医療費の高騰、と良いこと無しなので放っておけませんね。
その背景から、臨床開発でのRWD利活用は、他部門よりも活発に議論されています。そこに、国や業界がしっかり関わっている点も、臨床開発ならでは。業務プロセスからRWDとの接点を挙げると、①開発戦略の立案、②試験デザインの最適化、③患者登録や施設選定、④試験データの確保、⑤当局対応への活用、という枠組みで整理できそうです。
各接点における課題とRWD
①~⑤それぞれについて、従来業務の悩みを挙げながら、RWDがどう貢献するかを考えます。なお、ここでいうRWDは「一定の期間において収集される診療録その他の診療に関する記録、診療報酬請求書、疾病登録等に関する情報の集合物であって、それらの情報を電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したもの」(GPSP省令第2条第2項)(1)とし、少し広めに捉えておきます。結論、RWDは臨床開発に対して「不必要な介入や負担を減らす」、「開発コストを減らし成功確度を上げる」、「包括的なデータ創出を実現する」などの点で役に立つと考えられます。
① 開発戦略の立案
例えば、ターゲットの適応(Indication、UMNs)をどうするか。意思決定は一筋縄ではいきません。論文や医師の調査をもとに、どの疾患で、どれだけの患者が、どう困っているかを、できるだけ網羅的に把握したいところ。しかし、必要な情報は、患者数、売上予測、好まれる規格、治療の未充足度、既存薬の問題点など…挙げればきりがなく。個別に調査すれば「当てずっぽう」になるか「日が(年が)暮れる」か、です。
そこで、例えばレセプトを用いると、罹患者数の調査(治療前の患者数も把握できるため重要)や、1回あたり投与量・忍容性の把握、既存薬の切り替え背景の推察などが可能です。スムースかつ客観的に情報を集める手法として重宝するでしょう。そのほか、RWDで構築した予測モデルによるシミュレーション(Model Based Drug Development)(2)も、開発期間や進階確度の予測等に有益とされ、先駆的に検討されています。
② 試験デザイン
通常、多くの臨床試験では、既存試験の情報(ヒストリカルデータ)をもとに新規試験をデザインしますね。悩みごととして、一部の臨床試験(例:侵襲性の高い治療、希少疾患、がん領域の前半Phaseなど)では、組入れ可能な患者数が限られたり、対象群をおきにくかったり、という問題が起こりがち。
この点、RWDの貢献余地で注目したいのは、ヒストリカル“コントロール”(治験対照群)への活用です(3)。群を設けるという文脈だけでなく、全体被験者数を増やさずに済むため新規治療群への割り付け率を上げることができ、試験効率化とともに新規治療の有効性/安全性の情報をより多く確保できる、という文脈までつながります。海外先行ですが、本邦でも今後の加速が期待されるところ。
また、別の視点で、「そもそも臨床試験自体が非リアル」という根本的な悩みについて。近年、pragmatic trial(一般化可能性の高い日常臨床データを用いたエビデンス構築)といった概念をよく耳にします【図表1】(4)。ヒストリカルコントロール等でRWDを巻き込めれば、厳粛なRCT至上主義から脱却し、よりリアルな臨床開発へと進化できそうですね。

③ 患者登録/施設選定
対象患者の数や分布を見誤り、思ったほど症例が集まらない…。治療アドヒアランスまで考慮しきれず、試験中の脱落が想定以上…。疾患ごとに担当施設を精査しきれす、治験委託機関にお任せ、あるいは懇意な施設に偏る…。これらを、当プロセスの悩みごととして仮定します。
こちらは、弊社でもプロジェクトでお話する機会が多く、レセプトを活用しやすい局面と考えます。レセプトを用いると、先述のとおり「患者数や分布」を簡単に調査でき、「疾患ならではの特性(併薬、併病、アドヒアランス等)」も把握可能です。さらに、②のデザインにも関連しますが、実臨床を加味した「最適な選択/除外基準」、「現実的な症例数」、「効果的な施設選定」などの検証にも有益。総じて、フィージビリティを高め、期間短縮につながる分析をもたらすでしょう【図表2】。
ちなみに、過去のプロジェクトで、とある臨床試験の施設選定の良否をJMDCデータで検証したところ、患者数分布の上位と思われる施設が一つも入っていない、という例がありました。このような落し穴を回避し、過剰な負担と非効率性から少しでも脱却したいですね。

④ 試験データの確保
患者の適格性を判定するのに必要な情報がとても多い、求めるアウトカムを取得できない、転記の評価が非現実的、といった悩みごとを想定します。患者中心の医療といえども、個人の背景をとことん理解し、べったり長期に張り付いて状態を把握する、というのは至難の業。
これらの悩みに対するRWDアプローチとして代表的なのは、最近めざましく進化を遂げたウェアラブルデバイス等のICT活用かもしれません。PHR(バイタルサイン等)やPRO(QOL等)といった、べったり張り付かねば知り得ない情報を、リモートで管理できる世界が訪れつつあります。本邦の臨床開発スキームに定着するには時間がかかりそうですが、コロナ禍にあって、在宅治験や分散型臨床試験(DCT)のようなバーチャル需要も高まっており、急激に検討が進んでいます。
他の情報源でいえば、レセプトは合併症や病名ごとの転帰が記録されているため、「死亡」「外死亡」の情
報が得られる(生存期間の比較が可能)点で有益でしょう。また、とくに必要症例数が多く観察期間も長い疾患では、EHR(電子カルテ情報)の活用(5)も、患者の背景や病態を精緻に把握するうえで貴重です。
⑤ 当局対応への活用
これは悩みというより規制という毛色が強そうです。RWD利活用に関していえば、新薬承認では対照群として、適応追加や条件付き承認では追加評価根拠として、市販後調査では上市後の安全性根拠として、とライフサイクルごとに意味が変わるものの、患者レジストリ・レセプト・電子カルテ等を用いて臨床エビデンスを効率的に創出するという方向性は共通です。
冒頭に述べたとおり、臨床開発では、RWD活用を国や当局も進んで検討している点が特徴です。簡単にWebサーチするだけで、現在の進捗状況や関連規制、あるいは承認申請でRWDを用いた事例(6)なども拾えますので、ぜひ幅広に眺めてみてください【図表3】。

臨床開発でRWDを扱うために
今後この流れでRWD活用が進むとして、皆さんにお伝えしたい点が二つほど。一つは、レセプトやレジストリ等を臨床試験に編み込むには、慎重な設計が求められるということ。よくよくデータベースの性質を理解せずに設計すれば、真実を棄却してしまう第1種過誤や、効果推定上のバイアスなどを招きます。これまでの臨床試験と同様ですが、あらためて注意が必要です。
例えば先ほどのヒストリカルコントロールなどは魅力的ですね。一方で、ヒストリカルコントロール群と新規治療群とのあいだには、高い比較妥当性が求められます。治療内容・適格条件・評価方法が等しいこと、患者背景・実施組織が類似することなど、具体的にどのような視点でチェックすべきか(7)、あらかじめ体系的に学んでおくと良いでしょう。あわせて、相談しやすいデータパートナーを見つけ、二人三脚で歩まれることをお勧めします。
もう一つは、業界・企業・個人という単位ごとに “動きかた” を意識することです。まず業界としては、いち企業では変革が難しいことを認識しつつ、企業同士で連携して提言し続けること。次に企業としては、Try&Errorを前提に、データプロバイダーと一緒に試験的な一歩を踏み出すこと。(レセプトによる患者登録や施設選定の件は、弊社も積極的にご支援しています。ぜひご相談ください。)
最後に個人としては、ニューノーマルの定着を待つのではなく、ニューノーマルに対応できるよう先行的なインプットを図ること。例えば、患者レジストリの話になりますが、過去号で紹介した心臓血管外科手術データベース(JACVSD)をヒストリカルコントロールに利用した2012年の報告。この論文、よく読んでみると、コントロール群にRWDを利用するためのステップも整理(8)されています【図表4】。

まとめ:臨床開発部門のニューノーマル
本稿では、臨床開発の全体観とRWDが貢献しうる接点、ニューノーマルに向けて意識したいこと、を書かせていただきました。臨床開発という壮大なお仕事、レセプトのみで解決というわけにはいかなそうですね。とはいえ、どのような点でお役に立てそうか、少しでもご理解いただけたなら嬉しいです。
機能も業務も、製薬企業でもっとも確立された部門のひとつ。それだけに、次の一歩を踏み出すには国や行政のリードが不可欠。従来の悩みが大きい分、RWDがもたらすリターンは莫大な可能性。というメッセージで、まとめとさせていただきます。
次回もお楽しみに!
[参考資料]
(1) 製薬協臨床評価部会TF2:既存の国内リアルワールドデータを医薬品開発にどこまで活用できるか:2019
(2) Hasegawa et al.: Model-Based Drug Development, Basics and Its Application Jpn J Biomet.,36 Special Issue:2015
(3) 医薬産業政策研究所:臨床開発における治験対照群の利活用,政策研ニュース58:2019
(4) 製薬協データサイエンス部会TF5:Pragmatic Trials のススメ:2018
(5) 東郷ほか:医薬品開発におけるリアルワールドデータ活用への期待 ―製薬企業の視点より―Jpn J Pharmacoepidemiol, 24(1):2019
(6) 第7回臨床開発環境整備推進会議:PMDAにおけるリアルワールドデータ(RWD)活用推進に向けた取組み:2021
(7) Takeda et al.: Bayesian Approach to Utilize Historical Control Data in Clinical Trials, Jpn. J Biomet., 6(1):2015
(8) 友滝ほか:臨床試験におけるデータベースの利用,日本心臓外科学会雑誌,41(1):2012

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