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第5回:実践!レセプトでニューノーマル ~メディカル編~


 本連載は製薬企業で働く方々に、「リアルワールドデータ(RWD)」とは何たるか?を易しく学んでいただき、データドリブンな業務プロセスを実現し、そして臨床現場や患者の目線に立つことの重要性をご理解いただくことを目的としています。ひととおりお読みいただくなかで、読者の皆さんの理解や思考が少しでも整理され、明日からの業務が変化していく一助となれば幸いです。


 「実践編」に入った前号からは、RWDの代表格 “レセプト(診療報酬請求)” に焦点を絞りながら、製薬企業の各部署の仕事をどのように変えていくか?という各論をいくつかお話します。個人的見解や、ときには妄想(!?)も含みますが、皆さんの「現在地」や「可能性」を認識するきっかけにしてください。

 今回のターゲットはメディカル部門(MA/MSL)です。本誌は営業・マーケティング関係の読者が比較的多いようなので「なぜメディカル?」と思われるかもしれません。しかし実際、RWDを扱う企業からみれば、メディカル部門は明らかにRWD活用におけるフロントランナーのひとつです。まだRWDになじみのないメディカル担当者はもちろん、他部署の方であっても業務上のヒントとしてお読みいただけると思います。



メディカル部門と環境変化


 そもそも本邦において、メディカル部門は比較的新しい機能といえるでしょう。医療従事者(HCPs)とのコミュニケーション上、ビジネス面との線引きを図るために組織や機能が整備された企業も少なくないはず。ゆえに、日常業務のありかたも、企業によって少しずつ異なる印象です。

 基本的に「臨床現場のアンメットメディカルニーズ(UMNs)を医師らとともに追究し、医療の向上に資する情報を仕入れ発信する」という根幹部分は、どの企業のメディカル部門でも共通でしょう。少し細かく、具体的な内容を見比べたときに、基礎的な疫学研究、医薬品の有効性や安全性の調査、KOLマネジメント、戦略的データ創出、メディカルイベントの企画運営、はたまた医療政策の範疇(医療技術評価:HTA、費用効果分析:CEA、…)など、どこまで担うかで差が生じます。

 業務の話は釈迦に説法ですので、本項で私がお伝えすべきは「メディカル部門×RWDにまつわる環境変化」について。すでにフロントランナーと申しあげましたが、とくにここ数年、メディカル部門におけるRWD活用はますます盛んになっており、その背景にはいくつかの追い風が存在します。

 いくつか例示すると ①HCPsに対するプロモーション等の規制強化、②後発促進等による製品寿命の短縮化、③開発対象疾患の個別化・希少化、④レセプト・電子カルテ・レジストリ等のRWD-DB充実、⑤臨床研究法(1)の公布と施行(2018年4月)、⑥ GPSP省令(2)の改正と施行(2018年4月)、あたりが影響していそうです。あえて解釈(SoWhat ?)を添えずに列挙しましたので「これらの環境変化がどうしてRWD活用促進につながるのか」少し目を閉じて考えてみてくださいね【図表1】



拡がるスコープと変わるメソッド


 これは本邦に限りませんが、ひと昔前のメディカル部門のスコープ(=解き明かすべきクエスチョン)は、自社製品のプロモーションに軸足をおいたものが多かったのではないでしょうか。いわゆる育薬であったり、コマーシャルメッセージの創出であったり。ところが、先に述べたようなさまざまな環境変化にともない、メディカル部門も臨床の最前線で活動する機会が増えてきて、自社製品に関するクエスチョンだけでは医療を向上させきれないことを実感し…と。この文脈は個人的な推察を含みますが、結論として、治療全体や疾患全体に関するクエスチョンへと、どんどん視野が拡がっている印象を受けています。

 自社製品に関するクエスチョンの例としては、新薬を出した際の既存薬との各種比較、自社製品からみて治療効果の高い集団の特定、予期せぬ有害事象と因果関係の整理、などが思い浮かべやすいですね。それが昨今では、既存治療を広くながめた課題抽出(剤形や用法によるアドヒアランス問題、ガイドラインの遵守状況…等)あるいは、疾患全体を広くながめた課題抽出(診療フローのどこにボトルネックがあるのか、何をもって治療満足のゴールとするのか…等)なども活発に研究されています。従来と比べ、新しくも遠からず、とはいえやや中立的にシフトしたクエスチョンが増えたのではないでしょうか。

 同時に、UMNsの追究やデータ創出にかかるメソッド(=解き明かすための手段)も変化しています。開発段階の試験(メディカル部門でいうところの特定臨床研究)や市販後の実臨床における介入・観察を基本として、専門医やKOLとのディスカッション、 Advisory board 運営のような付加価値的な取り組みも古くから存在し、今もなお重要であり続けています。それらに加えて、レセプトのようなRWD、医療ビッグデータを駆使したメソッドが機能するようになり、仮説の検証やあらたな気づきを促しているのです【図表2】




具体的なレセプト活用例


 メディカル部門の根幹は「臨床現場のアンメットメディカルニーズ(UMNs)を医師らとともに追究し、医療の向上に資する情報を仕入れ発信する」ことです。「想定している患者に、想定している医療が適切になされているか」が大命題。レセプトを使ってこれに挑むとすると、どのような分析ができるのでしょう?入門につき、比較的シンプルな例をご紹介します。ですがきっと、まだ活用したことがない皆さんには「面白い!」と思っていただけるはず。


① 治療は継続できているか

 医薬品をもちいた治療において、メジャーなクエスチョンのひとつですね。医師がどれだけ慎重に診断し、どれだけ患者に合った医薬品を選んで処方したとしても、患者がそれを継続していなければ医療は成立しません。レセプト等の活用ができない場合、製薬企業がそれを把握するには、医療機関や薬局に出向いて患者の動向をヒアリングしたり、臨床研究によるドロップアウト率の観察をしたりと、多大な労力の割に、なかなかリアルが見えにくいクエスチョンではないかと考えます。

 しかしながら、レセプト(特に、医療機関が変わっても患者個人で追跡が可能な保険者由来のDB)を用いて分析してみるとどうでしょうか。対象者をどうすべきか(組入の定義)、観察期間をどうすべきか、どうなったら脱落とみなすか(空白期間の定義)など、設計については要検討ですが、およそ概観を把握するうえでは、非常にリーズナブルかつスピーディに結果を得ることができます。詳細な臨床研究を企画する前に、リサーチクエスチョンの “当たりをつける” 意味でも、この手のシンプルな分析をやってみるのはアリといえそうです。

 例えば【図表3】でお見せしているのは、統合失調症患者の服薬アドヒアランスの実態をレセプトで表現したものです。精神疾患領域の治療では、継続性が課題だと古くから提唱されていました。加えて、近年さまざまな剤形が使用可能になったこともあり、医薬品の選択によっても継続性が左右されることが見えてきています。メディカル部門としては、このような研究結果をもとに社内連携をし、患者啓発策の検討、あらたな製剤の企画、といった動きに繋げるのも重要な役割ではないでしょうか。



② 疾患の深刻性はどの程度か

 先ほど、メディカル部門のスコープの拡がりについて触れたので、疾患全体に軸足をおいたレセプト活用例もご紹介します。当社の手前味噌な分析ばかりでは、製薬業界における「現在地」がわかりにくいでしょうし、具体的にとある企業のメディカル部門が関わった取り組み、かつ論文化(Open Access) されているものから、比較的シンプルなテーマを選んでみました。

 Pfizer社のメディカル部門等が取り組まれた本件のタイトルは “Epidemiology of respiratory syncytial virus in Japan: A nationwide claims database analysis” です(3)。当社の全国的なレセプトDBを用いてRSウイルス(RSV)の疫学を調べ、すべての乳幼児におけるRSV感染の深刻性を説いています。

 詳細は原著に譲るとして、一部のFig.を抜粋引用させていただきます【図表4】。これらのFig.は、2017

年と2018年のRSV症例の状況を表現したもので、誌面の都合上、文字まで読み切れないかもしれませんが、非常にわかりやすい表出により、2歳未満の25%が入院を必要としたことなどを明らかにしています。先ほどのアドヒアランス分析と同様、はじめてレセプト活用する方にもイメージしやすい、それでいて医療の課題やインサイトをクリアに発信しうる好例と考えます。ぜひ一度、原著をご覧ください。


 余談ですが、論文化というマイルストンもまた、メディカル部門にとって関心の高い成果指標ですね。その点で補足しますと、当社のDBが関連した論文は、2021年12月現在で約440報に積みあがっています(アカデミア・製薬企業など各方面のケースを通算して)。量的に胸を張れる実績と自負していますが、何よりここ数年の “加速度” は目を見張るものがあります。それだけ「レセプト活用が社会に認められるエビデンスになった」という証ではないでしょうか。



まとめ:メディカル部門のニューノーマル


 今回は、まず、製薬企業のメディカル部門を取り巻く環境の変化、とくにRWD活用を促している主な要因についてご説明しました。次に、その環境下で移りゆくメディカル部門のスコープやメソッドを俯瞰し、これからのメディカル部門の日常業務(ニューノーマル)になりうるレセプト解析の具体例をお示ししました。この流れは、レセプトにかぎらず、RWD(より広義の概念)として捉えても差し支えないでしょう。

 レセプト活用に関しては、過去号でリミテーションの理解も必要とお伝えしました。あわせて、メディカル部門のように臨床実態の解明をスコープとする場合に注意いただきたいことは「リサーチクエスチョンの明確化」です。レセプトをはじめとするRWDは非常に魅力的、それゆえに手段が目的化し「最終的に何をしたかったのか?」となりがちなのも、入門者に起こりがちな現象です。クエスチョンあってのDB選択であり、要件定義であり、アウトプットであり…ということを念頭に置いていただければ幸いです。

 冒頭で、私見を含むと前置きしましたが、「RWD活用が当たり前というメディカル部門のニューノーマル」は、業界的な目線でも期待されています。「近年、診療報酬請求(レセプト)データ、診療録(電子カルテデータ)等のリアルワールドデータ、Health Economics and Outcome Research 領域の重要性がますます高まり、MA機能においても、これらを視野に入れたアンメットメディカルニーズの把握やエビデンスの創出が期待されている」とは、2019年4月に発出された製薬協の「メディカルアフェアーズの活動に関する基本的考え方(4)」で述べられている内容です。社内外の情報需要に応えることや、医療課題を解決することを期待されながら、RWD活用という新たな武器を手にして、ニューノーマルに挑む。まさに医学科学領域のプロフェッショナル、やりがいはいっそう高まりそうですね!


 以上、連載第5回の本稿では、リアルワールドデータ入門の実践編として、メディカル部門のお仕事とレセプト活用の変化を中心に書かせていただきました。第6回はまた別部門におけるレセプト活用について、できるかぎり業務担当者の目線で書かせていただきます。それでは次回もお楽しみに!


 

[参考資料]

(1) 厚労省サイト, ホーム> 政策について> 分野別の政策一覧> 健康・医療> 医療> 臨床研究法について

(2) 厚生労働省医薬・生活衛生局長, 薬生発1026第1号平成29年10月26日

(3) Y Kobayashi et al. Pediatrics International. 2021. doi: 10.1111/ped.14957. Online ahead of print.

(4) 2019年4月1日 日本製薬工業協会, メディカルアフェアーズの活動に関する基本的考え方



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