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第2回:医療におけるリアルワールドデータの具体例


 本連載は製薬企業で働く方々に、「リアルワールドデータ(RWD)」とは何たるか?を易しく学んでいただき、データドリブンな業務プロセスを実現し、そして臨床現場や患者の目線に立つことの重要性をご理解いただくことを目的としています。ひととおりお読みいただくなかで、読者の皆さんの理解や思考が少しでも整理され、明日からの業務が変化していく一助となれば幸いです。


 前号では「そもそも医療におけるリアルワールドデータとは」と題して、リアルワールドデータといっても定義は画一的でないこと、非リアルの理解こそがリアルの理解につながること、リアルワールドデータが製薬事業のサイクルに長期的にも短期的にも強く関与していること、についてご説明しました。そこで今回はもう少し具体的に踏み込んで、いくつかの種類のデータベースをとりあげ、それぞれの概要および特徴に触れていきたいと思います。

 各論に入る前にひとつ、ご理解いただきたいことがあります。すでにご説明のとおり、リアルワールドデータの定義はさまざま。同時に、その “切り口” や “分け方” もさまざまです。したがって「どこから発生するデータなのか?」「どこに置かれているデータなのか?」「何のために収集するデータなのか?」「誰が記録するデータなのか?」など、語り手が変わればデータを紹介する視点も変わります。この手の論説を整理される際には、そのような前提でみていただくのがよいでしょう。



医療提供の流れに付随するデータベース


① レセプトデータ

 健康保険の適用内で、医療機関等が医療サービスの提供をおこなったとき、その対価を保険者へと請求するために作成するデータです。正式には診療報酬明細書(調剤薬局の場合は調剤報酬明細書)と呼ばれます。リアルワールドデータと称される各種データのなかでも、狭義に、まっさきに、思い浮かぶデータのひとつではないでしょうか。

 レセプトに含まれるのは「誰に(患者名、性別、生年月日、保険種別など)」、「誰が(施設名、所在地など)」、「いつ(診療年月)」、「何を(診療内容:検査・処置・医薬品・手術・リハビリ…など)」、「どうして(傷病名など)」といった、対価を得るために必要な一連の説明材料ということになります。診療報酬制度の区分にともない、医科・調剤・歯科などと若干の違いはありますが【図表1】、規定のフォーマットで毎月毎月あらたな情報が蓄積していくという点が大きな特徴です。

 よって、このレセプトデータを観察・集計するだけでも、医薬品市販後のリアルな臨床実態に迫ることができるため、アカデミア/製薬企業、国内/海外を問わず、活発な研究が進められています(例えば、米国では1996年からデータ提供を開始しています(1) )。ただし、そもそも保険請求を目的としたデータであることを忘れてはなりません。「傷病名が複数書かれていれば医薬品との紐づけは適応から推測せねばならない」、「臨床検査を実施したという事実(行為)はわかっても結果(数値や判定)まではわからない」など、いくつかのリミテーションを理解したうえで活用することが重要です。

 また、このような流れのなかで発生するレセプトデータを、医療機関(請求主である病院や薬局)からお預かりするのか、保険者(支払い主である健保組合や支払基金)からお預かりするのか等によって、蓄積するデータベースの規模や性質が異なります。日本薬剤疫学会のタスクフォースが作成している一覧(2)も参考になりますので、各種レセプトデータベースの違いについて整理されたい方は一度アクセスしてみてください。本連載においても引き続き、お伝えしてまいります。


② 電子カルテデータ

 よく知られた、「診療録」とも呼ばれる、患者ごとに所見や診療行為を記録したものになります。私くらいの世代でしたら、医療機関を受診したときに、事務員の方が大きな棚から患者ごとに分けられた紙ファイルを取り出す姿や、医師がそこに英語やドイツ語で書き記していく姿が思い浮かびやすいのですが…。IT技術も進化した昨今では、それらをPCのインフラ上ですべて済ませてしまうということが一般化しています。

 電子カルテデータには、レセプトと同じように患者の属性情報が記録されていますが、それ以外にも、臨床検査値、画像診断結果、バイタルサインなどの詳細な情報が含まれています。そのため、臨床研究等をおこなううえでは、患者集団をより細かく定義するのに有益な、とくに病態面の具体的な情報を確保しやすいといったメリットがあるでしょう。

 先述のレセプトが請求・支払の「手続き」に重きを置いている一方で、電子カルテは医師による「患者のマネジメント」に重きを置いています。そのため、電子カルテシステムのプログラムもインターフェイス(入力画面)もレセプトの様式とは大きく異なっています。また、施設や医師ごとに採用するベンダー・システムもさまざまであるため、ところ変われば、記録・蓄積されるデータの様式も変わってしまうことになります。これが、電子カルテデータを横断的に二次利用しにくくしている、大きな理由です。

 なお、リアルワールドデータ入門として電子カルテデータを理解するには、用語の整理も必要と考えます。ここまでご説明した「診療録」的な話は、比較的閉じられた範囲の情報です。別の言い方をすると、EMR(電子医療記録:electronic medical record)という表現に該当します。この電子カルテデータを含め、もう少し大きな枠組みのなかで、国民1人1人の生涯にわたる「健康に関する情報」を統合的に電子化する動きも進んでおり、別の言い方をすると、EHR(健康医療電子記録:electronic health record)という表現になります。この大きな枠組みが、日本のなかでもいくつか検討されている(3)ことを認識しておくと良いかと思います【図表2】



統計目的で計画的に蓄積したデータベース


③ 患者レジストリ

 疾患登録システムともいわれます。特定の疾患を有する患者の詳細なデータを、多くの医療機関が登録できるようにして、中央集約的に収集するものです。あらかじめ多くの入力項目が決まっており、疾患ごとに特異的なフォーマットで展開・蓄積されています。まさに臨床研究等への利活用を前提に、計画的に組まれたリアルワールドデータの象徴と言えるでしょう。日本では、厚労省が旗を振り「クリニカル・イノベーション・ネットワーク(CIN)」構想という名のもとで、患者レジストリの利活用を推進してきた経緯があり、これまでに登録された情報を会員向けに公開しています。

 たとえば、日本成人心臓血管外科手術のデータベースであるJACVSD(Japan Adult Cardiovascular Surgery Database)などは歴史もあり、よく知られているものです。具体的なレジストリにアクセスし、どのようなフォーマットで情報を蓄積しているのかを見ていただければ、なるほど、本当に疾患特異的な記録なのだと、ご理解いただけると思います。JACVSDでいえば、患者のイニシャルや生年月日にはじまり、術前危険因子(喫煙歴、心臓外の血管病変、感染性心内膜炎の既往など)や、手術内容(術者や助手、手術時間、緊急度、術式別の各種項目など)ほか、非常に多岐にわたる項目が設定されています(4) 。

 当然ながら、トレードオフのデメリットとして、疾患横断的な分析には向いていません。患者レジストリの主な目的として厚労省が掲げているのは「市場調査」「治験実施可能性の調査」「治験への患者リクルート」「治験計画の作成」「製販後調査・安全性対策」「治験対象群としての活用」という6つの役割です(5)。任意参加のレジストリもあれば、がん登録のように法律(2016年施行 がん登録等の推進に関する法律)に基づき入力が義務化されているレジストリもあります。学会主導の新規立ち上げや、製薬各社との共同立ち上げなども加速してきており、今後も活用が充実していくことでしょう。


④ DPC調査データ

 よく耳にするわりに、意外と誤認されがちなのが、DPC“調査”データかもしれません。先述したレセプトの中にも(図表1のとおり)DPC“レセプト”データというものがありますが、これらは、似て非なるものです。いずれも、2003年から導入されたDPC(Diagnosis Procedure Combination)制度に基づくデータであり、制度の適用されている医療機関が発生源となっています。釈迦に説法かもしれませんが、こちらも少し用語を整理しましょう。

 そもそもDPCとは診断群分類という“患者の分け方”の話です。そのうえで、疾患等に基づく“定額報酬算定”の仕組みをDPC/PDPS(Diagnosis Procedure Combination/ Per-Diem Payment System)と呼びます。さらに、DPC“レセプト”データとは、この定額報酬算定の仕組みを利用して保険請求する際に発生するレセプトデータのことであり、本稿でいえば①の仲間といえます。

 小見出しに挙げたDPC“調査”データは、医療機関が保険者ではなく厚労省に提出するデータです。DPC制度そのものの在り方を、保険行政の観点から、分析・評価・調整するために蓄積するものになります。医療機関は、電子カルテ・レセプトの記載とあわせて、いくつかのDPC調査用のフォーマットを埋めて提出します【図表3】

 このなかには、カルテの情報(主傷病名、入院目的、術式など)に加え、施設の情報(病床数、入院基本料等算定状況など)や医科保険診療以外の情報(公費、先進医療など)、といった詳細な項目が含まれています。よって、たとえば様式1を用いれば入院患者のADLスコアや平均入院期間などの分析が可能。あるいは、EFファイルを用いれば手術日等を起点とした前後の診療プロセスを把握することもできるというわけです。



その他活用や発展が期待されるデータベース


⑤ 患者記録情報

 ここまでご紹介したデータベースはいずれも医療従事者や行政関係者が主にハンドリングするものでした。そのかたわら、スマートフォン&ヘルスケアアプリ、ウェアラブルデバイスなど、生活者や患者の症状把握や記録に使えるテクノロジーが著しい進歩をみせています。そこで「患者報告アウトカム(PRO:Patient Reported Outcome)」のような、ときに患者の主観的な愁訴をもレコード化し、リアルワールドの医学的な評価に活用しようという流れが生じています。

 医療サービスの流れに付随するデータとは異なり、テクノロジードリブンな側面も大いにあるため比較的新しい概念のリアルワールドデータといえるでしょう。PROという点では、少し前からアナログ(紙)ベースの評価もなされていましたが、上述のようなデバイスを用いた電子的なPRO(e-PRO)の開発・蓄積・活用が、いっそう盛んになるものと見込まれます。FDAの定義においても「医師等による評価を除外したデータ」と規定(6)されており、これからの医療、患者中心の医療を支える重要なリアルワールドデータになることは間違いないでしょう。



本稿のまとめ


 医薬品が使われる現場や社会を知ることができるリアルワールドデータには、いくつかの種類が存在する。データの発生源はどこなのか、どのような目的で生成したものか、内容や様式はどうであるか、といった視点で理解を深め、二次利用(研究や調査)に活かせる部分とリミテーションを知っておく必要がある。

 既に二次利用が進んでいる領域としては、やはりレセプトデータや電子カルテデータが代表格。様式が整っていて統一性の高いレセプト、バイタルサインなど病態情報が深い電子カルテ、それぞれ一長一短といえるため、活用目的に応じて適したソースを選択するのが良い。これは他のリアルワールドデータでも同じことがいえる。

 以上、連載第2回の本稿では、リアルワールドデータの総論の続きとして、一部のデータソースを例示し、それぞれの概要や特徴についてご紹介してまいりました。次号、第3回では、意外と知られていない個人情報への配慮、リアルワールドデータの二次利用者としては知っておきたい法的な知識等について、簡単にご説明したいと思います。それでは次回もお楽しみに!

 

[参考資料]

1) 2018年 厚労省保険局 第19回レセプト情報等の提供に関する有識者会議 資料4

2) 日本薬剤疫学会Webサイト. 日本における臨床疫学・薬剤疫学に応用可能なデータベース調査 一覧表

3) 田中博. 日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて: 情報管理. 2011; 54(9)

4) 日本心臓血管外科手術データベース JACVSD ver.4項目一覧

5) 医薬品等規制調和・評価研究事業 2019年臨床開発環境整備推進会議 資料1-3

6) Guidance for Industry. Patient-Reported Outcome Measures: Use in Medical Product Development to Support Labeling Claims; FDA, 2009



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